2018年児童文学10選

●並木たかあき『牛乳カンパイ係、田中くん 捨て犬救出大作戦! ユウナとプリンの10日間』

給食の時間を「みんなが楽しめる時間」にするため奮闘する少年と、その友人たちの挑戦を描いた大人気シリーズの6巻目。
主人公「田中くん」の友人、ユミナが拾った捨て犬。その犬のために様々な食事を考える田中くん達。しかし子どもだけで犬の面倒を見るには限界があり……というお話。
「捨て犬を助けよう!」だけではなく「捨て犬の世話で疲れてしまったユウナを元気付けよう」まで描くあたりがこのシリーズらしい優しさ。終盤の踏み込んだ展開(それぞれの家庭の事情、親子関係)についても、説教臭くなく、押しつけがましくない結論に導くのが見事。
食事を通して「それぞれ個性の異なるみんなが同じように楽しめるにはどうすればよいのか」という難しいテーマに、真っ向から向きあうこのシリーズ。あくまでお話の軸が「楽しいか楽しくないか」にあるところが魅力です。今回紹介した6巻以外も大変お薦めなので、ぜひ読んでみてください。

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●ローレン・ウォーク『その年、わたしは嘘をおぼえた』

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第二次大戦下の1943年アメリカ。
昔オオカミを落とすための穴を掘っていたオオカミ谷。そこに住む少女アナベルの学校に、「矯正不可能」という理由で田舎に送られてきたベティという少女が転校してきます。巧みな嘘で他人を陥れ、人間関係を崩壊させていくベティ。そのベティと闘うため、アナベルは自らも嘘を使いこなしていく…。
ベティの嘘によってアナベルが孤立していく様子、その渦中にいる人物たちの心情描写等、スリリングな語り口とリーダビリティで読ませるさまは圧巻です。「正しさ」のために嘘を身につけたアナベルと「悪意」のベティ、その二人の違いが徐々に薄らいでいき、アナベル自身が差別と悪意の元へと身を落としていくさまも見事。
当時の社会情勢、差別と抑圧の描写などを汲んだ歴史物語としても、サイコスリラーとしても非常に完成度が高く、お薦めです。

 

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●戸森しるこ『これは加部慎太郎に送る手紙』

〝いじめ〟をテーマにしたアンソロジー『YA! アンソロジー ひとりぼっちの教室』のなかの一作。短編。ある日〝いじめられっこ〟の元に届いた「二万五千円を貸してくれないか」という恐喝の電話。声だけでは犯人が判らない。恐喝の犯人は誰なのか。その目的は…?
「個性」と「役割」へのシビアな目の向け方。立場も能力も違う者同士のあいだで描かれる一瞬の共感と友情。「優しさ」や「思いやり」を軸にした物語の持つ残酷さへの自覚…。デビュー作『ぼくたちのリアル』から一貫した作者の作風が、とてもつよく出た作品でした。被害者と加害者の立場が錯綜し、「相手への想い」がそのまま暴力性となって主人公を襲う、そのラストも圧巻でした。

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●いとうみく『トリガ―』

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ある日の学校帰り、家出をし行方をくらましてしまった友人。ざわめき立つ大人たち。その大人たちの中で、ささやかな抵抗を試みる少女達…。
「仲良しでも互いの嫌な部分が見えない距離を保つ」という暗黙のルール、その一線を越えてしまった少女二人の物語です。
自分を置いて逃げ出そうとした親友への、愛憎取り巻く複雑な思い。寄り添いあう中で暴かれていく心の弱さ。二人の世界に籠る中で自然と〝死〟へと引きずられていく心。
ふとしたきっかけで揺らぎ、壊れていく、中学生の心情、その人間関係を、瑞々しい文体で(かつ、話の重たさから逃げることなく)描いた傑作です。

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●日向理恵子『日曜日の王国』

ある日を境に学校へ行けなくなってしまった少女。その少女が見つけた不思議な画廊と、そこの常連である〝変わり者〟たちとの交流を描いた優しい作品。
少女を苦しめているものの正体を「周囲の人たちへの申し訳なさ」としたうえで、日曜日を「みんなが休んでいるので申し訳なさを感じなくて済む日」と描く、その繊細な感性に感心してしまいました。
全編にわたって描かれる画廊の住人達との交流、終盤で描かれる母親との和解についても非常に暖かな語り口で、読んでいて安らぎを与えてもらえる、そんな作品です。

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●戸森しるこ『ゆかいな床井くん』

主人公と、隣の席の「床井くん」との交流を描いた楽しい作品。
身体の事や、よその家庭の事、微妙な力関係で成り立つ友達付き合いの事など…子どもの頃話題にしづらかった事をあくまで楽しい語り口で描く優しい作品でした。序盤の朗らかな雰囲気が、近い将来に訪れる別れ(卒業・進路)を受けて、徐々に寂しげなものに変わっていくさまも魅力の一つです。
個性や能力がそれぞれ異なっている事を受け入れたうえで展開される物語、その中で描かれる儚い友情…等、描かれるテーマは先にあげた同じ作者の『これは加部慎太郎に送る手紙』と非常に似通っていますが、こちらは低年齢層向けと言うこともあり終始暖かい雰囲気でした。

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●吉野万里子『南西の風やや強く』

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エリート家庭に暮らす伊吹、スナック経営者の母を持ち〝不良〟とも交友を持つ多朗。ふとしたきっかけで心が通い合った二人の少年。しかし立場や境遇の差が、その二人の間に微妙なすれ違い(恋愛、進路、友情)を形作っていく…。その様子が12歳、15歳、18歳の3つの時代を切り取る形で描かれていきます。
作中を通じて描かれる「運・不運」という発想。それは生まれの不幸を嘆く考え方でもあり、現状を受け入れる悲しい免罪符でもあります。
選ばれなかった者の不運、選ばれた者の不運。その両方を描いたうえで訪れるラストは、どこか爽やかで、その爽やかさがまた、切ない読後感を読者につきつけてきます。

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●安田夏菜『むこう岸』

名門私立中学校をドロップアウトし公立中に転校した和真、生活保護家庭で精神を病んだ母の代わりに親役を務める樹希。境遇の違う二人が「居場所」という店名のカフェをきっかけに出会い、交流を深めていく……。
そこで描かれるのはさまざまなかたちで姿を現す社会的な抑圧と断絶(ブラック労働、経済格差、セーフティネットワークの機能不全)。そのなかで、真の居場所を見つけることは出来るのか、見つけられないとすればどうすればいいのか……重く苦しいテーマを、覆い隠すことなく描く筆力。タイトルの『むこう岸』の意味も含め、一行も読み飛ばせない怪作です。

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●ジル・ルイス『風がはこんだ物語』

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戦争から逃れるため、一艘の船で新天地を目指す主人公たち。先の見えない状況の中響くヴァイオリンの音、モンゴルの物語「スーホーの白い馬」……描かれるのは重く苦しい抑圧の数々と、一筋の希望。
可能な限り、事前知識無しで読んでいただきたい作品です。傑作。

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ルイス・サッカー『泥』

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映画化もされ、世界中で数百万部を超えるベストセラーとなった『穴』の著者として知られるルイス・サッカーの新作。
クリーンなエネルギーとして開発された技術、そこから生み出される〝泥〟によって少年の世界…学校、家庭、友達関係…は徐々に侵されていく…というお話。
善意で開発されたはずの科学技術……それが生み出す社会的な悲劇と、子どもたちの人間関係(良かれと思ってしたことから発生するすれ違い、いじめ、そして友情)がダブる形で描写され行きます。
現代の寓話としても、友情の物語としても読める秀作でした。